文学座『三人姉妹』──ベテランと若手と [映画・演劇]

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文学座の『三人姉妹』(演出 坂口芳貞)、紀伊國屋ホール、17日(金)夜公演と今日18日(土)昼公演、ダブルキャストの両方に続けて行ってきました。最近の『三人姉妹』では、昨年10月にあうるすぽっとで行われた華のん企画によるハイレヴェルの舞台(脚本・演出 山崎清介)が忘れられません。登場人物たちが、まるで「この世に存在していない」かのように人形と化して舞台周囲に常時勢揃いし、出番の時だけ舞台中央で生を受けるという演出。全員、全編出ずっぱりで、常に何らかの演技をしつづけ、想像を絶する疲労度だったのではないでしょうか。一方、今回の文学座のウリは「現代口語をベースにした新訳」。この宣伝文句に、観る前は期待外れも覚悟していたのですが・・・

坂口玲子さんの訳は、細かな枝葉をそぎ落としたきわめてシンプルなものです。おそらく重訳なのでしょう。以前、流山児★事務所の『櫻の園』についての記事で、断わりのない重訳(既成の邦訳からの「重訳」も含む)に対して疑問を書き、その思いは今回のチラシを見たときもありました。なにせ「現代口語をベースにした新訳」という微妙な書き方(チェーホフのロシア語を知らない人の言い方に見えます)、しかもロビーに展示されていた文学座の過去の『三人姉妹』二公演のポスター(ぜひ文学座のwebページに掲載を!)によれば、それまで文学座で使ってきたのは神西清訳。今となってはやや古びた言葉もあるとはいえ、ぎりぎり「現代口語」の範疇に入るでしょうに。現場が最優先される世界ですから、ある程度の刈り込みや脚色を否定するつもりは毛頭ありませんが、重訳する意味は今の時代もうないはず。ここは「原作 チェーホフ、脚本 坂口玲子」としてくれた方が気持ちがいいものです。以上がもし私の勝手な思い込みで、正真正銘ロシア語からの新訳でしたら、お詫びいたします。


とごちゃごちゃ書いたものの、今回の脚本、決して悪い出来ではありませんでした。細かな刈り込みを徹底化させ、シンプルかつスピーディーな『三人姉妹』となっています。それが成功していると思われたのが、例えば、第4幕の決闘に向かうトゥーゼンバフがイリーナと別れる場面。原作では庭の枯れ木を見てトゥーゼンバフが「たとえぼくが死んでも、ぼくもあんなふうになんらかの形で、きっとこの生活の仲間入りをするんだろうな」(浦雅春訳)と言いますが、この箇所はすぱっとカット。余計な暗示が減り、後のイリーナのセリフ「わたしは分かっていた」がより活き、チェーホフらしい効果が出たように感じられました。日本語も全体に通りのよいものでした。

また、シンプルかつ分かりやすくするためであれば、トゥーゼンバフから苗字を取ってしまい、ただの「男爵」。そのドイツ系の出自に関するセリフも削られています。チェブトゥイキンもしかり。単に「ドクトル」。こういう改変はバランス感覚が問われるでしょうが、見ている限りぎりぎりセーフであるように思えましたし、原作を知らない観客にはむしろ分かりやすいでしょう。フェラポントのモスクワ四方山話、「40個食ったらタダ」もグッドな変更でした。

一方、後でふと気になったのが、マーシャが幾度となくつぶやく『ルスランとリュドミーラ』の一節。第4幕の最後になって「猫が鎖で繋がれて」の表現が出てくるはずなのですが、今回の脚本では確か第1幕の最初から一貫して登場していたように記憶します。これはあえてそうしたのかもしれませんが、最後の最後に出てくるからこそ効果的であるように思えます。

また、こちらは演出の問題と言えるでしょうが、チェーホフお得意の「間」が結構、無視されていて、チェーホフ的な人間関係のすれ違いが弱められてしまったところもありました。よくも悪くも流れのよい舞台でした。

俳優陣でもっとも目についたのは、マーシャの苦悩と心の揺れを好演した塩田朋子さんでした。清水明彦さん演じるヴェルシーニンもよかったです。第1幕で快活に登場するものの、2幕以降、生活への疲労感が次第に滲み出てくる姿が印象的でした。高瀬哲朗さんのクルイギン、菅生隆之さんのチェブトゥイキン(こちらは、華のん企画での久保酎吉さんが出色の出来でしたが)など、総じて、ベテラン俳優陣は安定感がありました。「結婚は義務の遂行」だとイリーナを諭すオリガの言葉を耳にしたときのマーシャの表情、クルイギンの登場やセリフに対するヴェルシーニンの反応など、演技の基本かもしれませんが、他の人のセリフや演技への反応が絶妙で、セリフひとつひとつの意味が立体的に浮かび上がり、見ていて面白かったです。

逆に若手はちょっと物足りなかったかもしれません。ソリョーヌイやナターシャなどは、なかなかぴたっとはまることの少ない役どころかもしれませんが、どちらも全編ほぼ同じテンションに終始し、過剰でうるさく感じられました。これは、演出の問題も大きいでしょうが。それから、トゥーゼンバフは見た目、もう少し風采のあがらない人物にした方がピンとくるはず。特に、Bキャストの沢田冬樹さん演じるトゥーゼンバフだと、「いい男なのに、何をイリーナは気に入らないの?」とつっこみたくなってしまいます(笑)。

有名なラストシーン、オリガのセリフは、ちょっと重すぎたかな。それまでの軽快な流れを止める効果を狙っているのかもしれませんが、幾分仰々しく感じられました。

そんな中、今日のイリーナ、上田桃子さんの素晴らしかったこと! 第1幕冒頭ではあどけなさを強調したようなしゃべり方で、他の役者さんの演技からちょっと浮いた感じもしましたが、感情表現のパレットが豊かな方で、喜怒哀楽のグラデーションがセリフセリフでぴたりとはまり、ラストシーンはまさに圧巻の熱演。心揺さぶられました。あまりによかったので、終演後ロビーに出てきた上田さんを見つけ、思わず称讃の声をかけてしまいました。今度は、ぜひ『かもめ』のニーナを演じてほしいです。


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